KDP 
13/12/1, 12:19 AM - 一般
本日、KDPという動物保護団体の現場を見てきました。

感想を感情の言葉ひとことで言うと「怒り」でした。

犬や猫をゴミのように捨てる人間に対して憎悪の気持ちでいっぱいです。

動物の愛護管理法では、犬や猫の飼い主が、何らかの事情で飼育ができなくなり行政に持っていくと、行政はこれを引き取らなければならないとしています。

「飼えなくなる事情」ってなんでしょう?

子供に同じことができますか?

ボケた親を捨てにいきますか?

病気の兄弟を見放しますか?

金がない?なつかない?

あまりふざけない方が良い。


彼らがKDPに保護され、仲間と共に自然の中で伸び伸びと暮らしていることが僕の心をほんの少しだけでも落ち着かせるせめてもの救いでした。


最後に

今日会ったみなさんに感謝します。

90匹の大合唱で命の太鼓をたたく男が暮らす村「KDP」。
http://kdp-satooya.com/

禁煙と減量と僕と根性と 
12/11/21, 11:05 PM - 一般


もう何回目の禁煙宣言だろうか・・・

最初で最後の禁煙宣言!!と言っとく

いまさら止められない

日本からJTが消える日もそう遠くはない。

明日は地元の例大祭 
11/7/15, 03:04 AM - 一般
明日、7月16日は待ちに待った地元のお祭りだ。

この例大祭には僕の中に大きな思い入れがある。



ちょうど八年前、それまで遊び呆けていた僕は、六年ぶりに地元へと戻った。

十八歳くらいから地方を転々とし、二十歳になる頃には横浜に出て遊びの限りを尽くしていた。それから、神戸、大阪へと行き、実に七年くらいの間、根拠のない自信で当てのない現実離れした大きな夢を見ていた。
そんなボウフラ人間が現実の壁に突き当たるのは時間の問題だった。
挫折を味わい屈辱の敗者となった僕が唯一学んだものは、「培ったものや積み重ねてきたものを持たない人間がいかに脆いか」という事だった。

当てのない僕は六年ぶりに実家に戻った。。
僕と両親と祖父母との五人での平凡な生活がまた始まったかと思ったのだが・・・
気がついたら祖父が老いていた。
急に寂しさがつのった。

大好きだった祖父が昔の様子と少し変わっていたことに僕は戸惑いを隠せずにいた。そして祖父に対する態度もぎこちなくなってしまっていた。

それから月日が経ち、祖母が亡くなった。
その時既に祖父の老いは急速に進んでいて葬式の時、兄の名前を忘れていた。

違う涙が出たのを覚えている。
その後も祖父の老いは止まる事はなかった。
祖父が病院に入院した頃には、僕の中には切なさしか残っていなかった。
それからあっという間に祖父は他界した。

悲壮感に暮れている僕にもう一度、立ち上がる勇気をくれたのは祖父の生きた人生だった。

戦時カメラマンとして青春を過ごした祖父。
兄弟を南方で失い、兄を病で失った。
遺品を整理していると若かりし頃の思い出がいっぱい出てきた。

生前、孫の僕に祖父が昔の話をすることはなかった。

頑固で一途、ハイカラでお茶目な祖父を僕は尊敬していた。

しかし、無言の祖父が僕に教えてくれたもの、残してくれたものは多い。


大嫌いだった歴史の勉強を一からはじめたのも祖父がきっかけだった。
アナーキーだった僕に、誇りと勇気を教えてくれた。
いつしか、僕のアイデンテティは揺ぎ無いものとして確立されていった。


生まれ育った故郷への郷土愛、いつどこの歴史を学んでも例外なく、これがとても大切なものだということに気づいた。

帰れる故郷がある人間がどれほど幸せで誇り高いことか。
僕たちは例えなにがあろうとも、故郷だけは守り通していかなければならない。

ハンバーグ 〜幸せの瞬間〜 
09/11/23, 01:06 AM - 一般



一昨日、夕食を食べにハングリータイガーに行ってきた

横横自動車道を北に登り日野インターで降りる

突き当りを右折し、少し行ったところにその神殿は見えてくる

駐車場に車をとめて降りた瞬間に匂うジューシーなハンバーグの香り

800℃の炭火で加熱されたフットボールハンバーグが「ようこそ」と歓迎している

「さあ、解放の時だ」入り口に辿り着くまでに生きている実感をたっぷりと味わう

受付に記帳を済ませ、ゆっくりと来たるべく「その時」を待つ

テーブルに座るまで1〜2時間かかるのは当たり前

その先にある幸福を考えれば、そんな時間はたいしたことはない


しばらく待ち「その時」が来た
場内アナウンスの呼び出しの声に痙攣してその場に倒れこむ

『人が人でなくなる・・・いや人が最も人らしくなれる瞬間がくる』
そう思うといてもたってもいられなくなり、最後の力を振り絞り、遠吠えにも似た叫び声をあげながら、案内人のところまで激走する

席に着くや否や「冒険の書」を手に取る

ここに来た理由はただひとつ「最高のハンバーグを食べに来た」ということだけだ

それ以上でもそれ以下でもない

もともと決まってはいたが、念のため「書」に書いてある「ダブルハンバーグ」の文字を確認する

迷わず案内人に叫ぶ
『ダブルハンバーグご飯大盛』


・・・それからもう3時間は待っただろうか
実際の時間は15分やそこらなんだろうが、いやにながく感じたことを覚えている

鉄板の上に乗った「ヤツ」がコチラに向って近づいてきた

『ジョシューッ!シュパーッ!』
「ヤツ」は鉄板の上で音を立てて踊り狂っていた

音と踊りの芸術に場内は、ミュージカルのような雰囲気に包み込まれていった

案内人はこちらが浸っている余韻など気にもせず、「ヤツ」にナイフをいれた

ダブルだった「ヤツ」はクアドラプルへと変貌を遂げた

特性ソースをトロリトロリ「ヤツ」に浴びせる

『ジョシューッ!シュパーッ!』
まるでアンコールに応えるかのように再びミュージカルがはじまった

防御シールドを高々と上げ、「ヤツ」からの攻撃に備える

シールドの影に写る欲望の塊、完全体になろうとしている「ヤツ」が最後の進化への準備をしている

少し早めにシールドを下ろし、出来上がった「ヤツ」をいただく

噛み砕くとともに溢れる肉汁

ソースと肉のハーモニーを楽しむ間もなく次の肉にフォークが伸びる

笑顔が止まらない フォークも止まらない



世界一の幸せ者は自分だと確信した時であった
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宇宙その神秘なるもの 
07/5/24, 10:08 PM - 一般

はるか昔、人々は宙(そら)に散らばる星々に自らの運命を読んでいた。
星に願いをかけ、未だ見ぬ明日を、不確かな自分の将来を占っていたのであった。

歴史がはじまり学問が生まれた。宇宙の解明は知識人の興味を引き付けるには格好の存在であった。
2世紀頃、天動説が提唱された。
(2世紀頃の天動説とは。この説には紀元前4世紀頃のアリストテレスによる宇宙説なるものなどもあるが、一般的なクラウディオス・プトレマイオスの天動説の事である)
簡単に言うと、空を見上げて東から西に沈む太陽の動きや、星の位置の決まった変化などを見て、すべての天体が地球中心にまわっているという説である。現在の地動説に近い考えもあったが、この頃はまだ天動説が主流であった。

天文学者たちにより未知なる宇宙が少しずつ解明されてきた。

16世紀、ニコラウス・コペルニクスの地動説の提唱。天文学革命の火蓋が切って落とされた。
宗教には天動説の考えで構成されている部分があって、当時は地動説に関して論争や弾圧などがあった。いまだに天動説を信じている者もいるらしいが。
宗教と科学の不和の始まりでもあった。

17世紀、ガリレオ・ガリレイの天体観測による星界の報告。ヨハネス・ケプラーの天体連動、楕円軌道の発見(ケプラーの法則)。アイザック・ニュートンの万有引力の法則。
その他、数々の天才達により地動説が不動の地位を得た。
これら偉大な学者達のおかげで、いまでこそ人々は自分たちが踏みしめる地球の位置などの太陽系のイメージを頭の中に描く事ができるようになったのだ。

20世紀、遂に人類は地球外の天体に到達した。アポロ計画19690720である。(これにはコンスピラシーも多く存在するが私は事実であったと信じている。)

それ以降21世紀、現在まで飛躍的に宇宙の解明が進み、素人の私にはイメージとしてしか捉える事ができないくらいそれの真相が見えてきた。

ハッブルの法則
これにより宇宙は膨張を続けている事がわかった。その法則によって宇宙の年齢が解明された。
元素合成によるビックバン理論である。
137億年、地球の誕生は91億年後、生命の誕生は99億年後の事である。
人類の誕生に至っては136億9500万年後である。
膨張を遂げた後、収縮していくという説もあるが恐ろしすぎてこの説は否定したいものだ・・・

太陽系、銀河系、銀河団、1億光年以上の面積を持つと言われる超銀河団。
太陽系は宇宙の極々一部にすぎないという説。

四次元
アルベルト・アインシュタインの相対性理論
宇宙には果て(端)は無いが、外があるという事。宇宙の果て(端)とは、宇宙を球に例える。球の球面をグルグル回っても果て(端)が無い。球の表面(面積)は有限であるが果ては無いという事だ。宇宙が膨張を続けているという事はその球自体が大きくなっているというイメージだ。
宇宙を三次元の考えで果てを探しても四次元から見れば球の周りを回っているだけしか見えないという事である。
これを推奨する説で、実際どこまでも見れる事のできる望遠鏡で宇宙を見ると自分の後頭部が見えるであろうという説がある。
球面から離れれば外に出るという事だが三次元の私には全く想像ができない。四次元とは時間が関係しているらしいという説もある。
現在、宇宙の外に行く研究が進められている。早く外が見たいものである。
三次元に住む私達が、はたして四次元の世界を理解する事ができるのであろうか。なぜなら二次元の縦と横の世界の者が後ろと前など考えもしないのと同じ事で、三次元の私達からは想像もつかない世界であるからだ。

天文学・・・・宇宙から見ればチリにも満たない人間達が互いに夢を抱き、その真相を究明する素晴らしき最高峰の学問。
私は宇宙の全貌が解明される日が来て欲しいとは勿論思うが、その思いとは裏腹に未知の存在であって欲しいという思いもある。
宇宙の神秘はいつの時代も無くてはならないものである。

果てなく永い宇宙の歴史には人類の様な文明、いやそれ以上の文明を持った者達が他にも数多く存在していた事であろう。
もしかしたら人類と同じ様な文明を持った者達が今も、今日に悩み、明日に希望を抱いているかも知れない。
実は太陽系の小さな惑星に彼らが存在し、近い将来彼らと接触する日が来るかも知れない。
只一つ言える事はどの者達も時間だけは操る事はできなかったという事だ。
いや、できていたのであろうか・・・すでに想像もつかないくらい昔に解明されていて、何がしかの理由で封印されていた(いる?)のかも知れない。
それらの者達が残した軌跡は宇宙のどこかに今も存在し、その文明を受け継ぐ者を待望しているに違いない。

宇宙、何とも神秘なるものであろうか。想像が尽きない人類永遠の夢である。
こうしている今も私は夜空を見上げてそこに浮かぶ星々を眺め、幻想に興じている。



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